環境ボランティア

6月20日
                   学生の方々 2
                     
 20・30年前に数百台のトラックが廃棄を重ね、取締・罰則・監視等がこの地に及ぶまで続けられたのであろうことは想像に難くありません。表面に見えるガラスを取り除こうとスコップで堀ると、その下から次のガラス、空き缶、危険極まりない姿かたちでそこにあります。舗装されているところから源流側へ5メートルほどは平らな状態です、すなわち、そのスペースが廃棄物で覆われているということです。これは決してオーバーに言っている訳ではありません。
 地上は諦め、左側に回り込み、下へ降りてみました。そこで発見したものは、車、乗用車のクリーム色の革張りの座席で、鉄の部分はさびは進んでいましたがシートは痛んでいる様子はありませんでした。それは上から生コンクリートを流され、時の流れの中で根っこに絡まれ、存在の形は悲惨の極みとでも云いたいようでした。
 私は今日この場へ来た証として、なんとかこの物体を取り出そうと、スコップで根っこを切り空き缶をどけ、泥を除き30分ぐらいでしょうか挑戦致しました。そして諦めました。
 横を振り向くと、一緒に参加した川筋の方が布団を、綿を包みこんでいる繊維は存在しません、布団の綿の塊だけが引き出されていました。捨てられたものが、あらゆる日常の生活必需品、車の部品、建築材料、建築廃材それに私は見なかった自動販売機、クーラーなど電気製品の数々などでした。
 疲れてしまいました。数百トンはあろうかと思われる廃棄物に立ち向かうには私の情熱はいささか小さいようでした。ここで本題に入りますが、私以外の方、すなわち先生、学生の根気の良さ、強さに対する疑問です。
 人の手での作業の限界は誰が見ても明らかです、でも、それをやり続けている彼ら、いったい何がその行為を、その時の選択をさせているのだろうと疑問が心の底から湧いてきました。いわゆるボランティア教育なのか?私の考えは行政に依頼してショベルカー・ユンボ・トラックを組み合わせ捨てた作業の数倍のエネルギーと費用、市民の税金での撤去作業をお願いする以外に方法はない。
 こんなことを思い、話していると学生の一人が私があきらめた車のシートを引きずって上がってきたではありませんか本当に驚かされました。
 若い学生さんが行動で示す環境への関心が、失ってしまった過去の美しかった所を少しずつ、回復してゆくのかもしれません。そして地球本来の雄大な自然の姿をあらゆる生物の存在が織りなす中で、体感できる物とするのかも知れません。

 素直な疑問に、お答え頂ける方はいらっしゃいますか?

 
 今もその場所に、不法投棄をしている人がいるとの情報を耳にしました。調べてご報告いたします。
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