俳句界より3

歳華集の頃の兜子

桑原三郎

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念会が開かれたときのこと、定刻がきても来賓として招いた兜子が会場に現れない。やむを得ず会を進めるうち三十分ほど遅れて兜子が現れ、会は無事終了した。ところが遅れた事情が後で分かった。当日、兜子を東京駅に迎えた仲間の富井赤兎によると、、二人は開会時刻前に会場のホテルに入ったのだが、「ちょっと休んでゆこ」との兜子の言葉に従い、地下の小店に入り、そこで兜煮を注文し一杯やったと言う。ところが兜煮はなかなか出て来ず、開会時間が来たが「まあいいやろ」と兜子は動じる気配もなかったと言う。このとき兜子がなぜ会場へ遅れて入ったのか、ご本人に確かめることもならず、謎のままいまも心の隅にひっかかったままである。
 兜子の死は突然であった。その日は寒い朝であったが、訃を伝えてくれた電話を持つ手が震えた。大げさでなく、こんな衝撃を受けたのは生まれて初めてであった。それだけ私の奥深く兜子が住んでいたということであろうか。
 兜子の俳句はその不思議な文体の妙を以て私の俳句の中のどこかに今も住んでいて、ときどき姿を現す。誰もそれとは気づかなだろうが。

     (くわばら・さぶろう「犀」代表)