車椅子のまま乗れるカヌー「車椅子カヌー」
はじめに
日本は欧米諸国に比べ、ユニバーサルデザインという考え方が非常に乏しく、スポーツ・生活全般、あらゆる場面で立ち遅れていると聞いております。
弱者がその対象となる障害を取り除いたとき、弱者ではなくなる。私の近くの駅では、今やっとエレベーターが設置されようとしています。98歳になる私の義母は、ホームへ向かう階段の上り下りが大変なので、隣の駅を利用しています。
バリアフリーと叫ばれて久しいが、どこへ行っても障がいのある方と健常者が「共に議論をし、友好を深め」とは見受けられません。
そんなこの時代に車椅子生活者が車椅子から乗り換えることなく、そのまま乗れるカヌーを考案されている大学教授とお会い致しました。そして共に活動をさせて頂いております。今年7月26日、私自身が障害のある方を乗せるお手伝いをしました、その時の感激、ユニバーサルデザインの風景、今後の期待それらを文章に致しました。
また先日、上田埼玉県知事がそのカヌーを体験されました。そして教授の提案に理解を示されたとお聞きしております。
後ろ姿を見送ったとき、感動の心が湧いてきました
私は先生の指示通り、車椅子のフレームに力を加え、数センチ持ち上げ、1メートルほど移動させた。手を滑らせたり、足をつまずかせることは、絶対に、不可抗力ではあってもしてはいけないとの、思いを持っての作業でした。それは向かい側で同じように支え、抱える方との共同作業でした。
障がいを持った子を、車椅子のまま乗せることができる「車椅子カヌー」に安全に、乗船させる作業でした。先生より訓練は受けていたのですが、実践は初めてのことで、車椅子のどこを持ち、どのように支え、相手の方との呼吸を合わせるなど極度に緊張していました。
先生が後ろに乗り、その子に直射日光が当たらないように日傘をさし、カヌー前方に取り付けられているロープを指導員の方が引き(本来はカヌーで引いてゆく)、動き出したとき、なんとも言えない安堵感と打ち震える程の感激が私の心を満たしました。
あの子がカヌーに乗っている、周りにはたくさんの子供たちが同じように遊んでいます。その場はみんなが望むユニバーサルデザインの風景ではなかったか?感激の瞬間でした。
予約
2009年7月26と日程が決まった。私の所属する”いるま川筋文化ネットワーク”(以降、川筋と記載)・駿河台大学・「川ガキ養成西部塾」と銘打った埼玉県との共催事業である。そこで車椅子カヌーを実施しようと決まりました。
「車椅子カヌー」について私の知り得ていることをお知らせいたします。教授は車椅子のまま乗せることのできるカヌーを作れないものかと、5年ほど前に考えはじめ、自ら考案したものを、ボート等の設計を本業となさっている方に提案され、車椅子の重量、乗られる方の体重、後ろで介助する人の体重、すべてに対応する浮力等を計算され、また介助される方が持ちあげることなく乗船させるための桟橋の設計、最小限の大きさ、厚み、車椅子を乗せた時のその方の心理的安定感、介助する人の扱い方等様々な要素を考慮して、第1号機を製作、3号機まではすべて強化プラスチック(FRP)で制作され、現在の第4号機は木材を使われました。すべての面において、人に、環境に、よりやさしい形、素材でできないものかと考えておられるようです。
昨年(2008年)11月に川筋が開催した、「第一回自然と親しむ」というイベントの準備段階で、埼玉県飯能県土整備事務所の責任者の方が、車椅子カヌーのことを理解され、水辺まで車椅子のまま降りられるように、簡易舗装をして下さいました。
「ユニバーサルデザイン」とは老若男女すべての人、あらゆる言語を使う人等、とにかく公平に平等にという考え方を用いた様式、建物、又、人としての思いやりを基本にしていると伺っております。
そのイベントの開催場所は川筋が管理している、メンバーは通称”あめんぼ広場”と呼んでいる、飯能駅南口から5〜7分ほどの河川、埼玉県が50組の親子を招待して(交通費等は個人負担)の水中観察とカヌー体験を中心とした、川で安全に遊んでもらう親子の養成が目的でした。
ある日、インターネットの「いるま川筋文化ネットワーク」のホームページをご覧になった方からお電話をいただきました。
子どもを車椅子カヌーに載せたいのですがと。
実施当日
教授所有のパオ(半径4・5メートル)を前日に組み立てることから始まり、当日、7月26日真夏の陽光を避けるべく、早朝より準備を始めましたが程なく、陽に照らされ紫外線を警戒する気象となりました。
数度の電話でのやり取りの中で、お友達もお誘いになったらいかがですか?と申し上げたところ一緒に参加される方がいるとのことでした。お電話をくださった方は昨年、教授が実施された、飯能市阿須公園周辺での「車椅子カヌー体験」に参加をされ、お子様の楽しそうな姿を確認され今年も、もう一度乗せてあげようとの思いから申し込みをされたそうです。お友達は、全く初めてだとのことでした。
御挨拶をし、先生に紹介いたしました。
先生はというと今回のイベントのすべての中心であり、先生の活躍なしには考えられない行事に思えるほどでした。その為、車椅子カヌーはしばらく待たなければならない状況が発生いたした。
とくに箱メガネの製作は、先生がキット化したものを50組の親子に組み立て、製作をしてもらうということでした。親子が組み立てたものを最終的に先生が仕上げるようになっていました。水の中にメガネを入れ、ジックリ魚や、水中生物を観察し、そして捕獲する。そのため両手を自由に使えるように箱メガネを口に咥える構造になっていました。その咥える部分の組み立てがとても難しく、先生の時間をとられているのでした。
先生の周りは、次々とやってくる関係者、指示を待つ人たちでごった返していました。とにかく忙しく、車椅子カヌーを体験していただくことだけを目的に、そこにいるような私にとっては早くその時が来ないか、そればかり気になってしまいました。
気温がだいぶ高く、少々バテ気味な子どもに対し、「水で顔を冷やしてあげなさい」、先生の指示でした。親御さんは川へタオルを持って浸しに行き、少しの間、額に当てていました。
いよいよその時が来ました。
「よし行こう」
先生の声に呼応し、ご家族、私たちも移動を始めました。スロープまで押して行き、そこからは、逆に引き気味に、前へ行く力を抑えながらゆっくり進みます。そこには船体の半分ほどを地上に残した、車椅子カヌーがあります。
少し先には、通常カヌー乗船の順番待ちをしている子供たちが、手前の浅い部分には箱メガネを咥え、水中へ顔を浸け水中観察をしている子供たちがいました。
私は、とにかく安全に乗せることだけを考えていました。そしてその行為があんなにも喜びを覚えることとは思いもしませんでした。
障がいのある方に対するカヌー体験時の研究
土方教授の論文 「教材としてのカヌープログラムV」
〜車椅子カヌー(wheelchair-canou)試作艇の改良から
カヌー体験活動の効果測定
この中で、カヌー体験に伴う参加者の生理および、心理的効果について研究する。というものが有り、ただ単にカヌーに載せたらそれで良いというものではなく、そのことがどのように作用し、体験された方がどう幸福感を得られるのかといった研究もなされているということに驚きました。詳しくは教授の論文で学んで頂きたいと思います。
私は多くの障がいのある方が自ら望んで、カヌーに乗られるのであれば勿論、健常者が乗るカヌーが良いとは思うのですが、それには限界を感じております。障害のある方ご自身がカヌーへの乗降の際に受ける、肉体的負担また、周りの介助をされる方への心理的負担を考慮する時、車椅子カヌーがその選択肢の一つであって欲しいと考えます。
今年の9月、青少年オリンピックセンターに於いて実施された、「いい川いい川づくり実行委員会」でこの車椅子カヌーを、全国の川関係者にお伝えした際、多くの方からこういうもの初めて見た・いくらぐらいするの?注文したい・資料が欲しいなど、少なからず反響がありました。
8月30日近くの調節池にて車椅子カヌーを実施した際も、偶然来られた60代後半の方に私の女房が、乗ってみませんかと声をかけると、遠慮勝ちに「いいのでしょうか?」と答えたそうです。学生ボランティアの引くロープで20分ぐらいでしょうか、葦の茂る風景の中を、ゆったりと散策し、とても喜んでくださいました。又10月18日には98歳の女房の母がこのカヌーに乗り、「本当に楽しかった」、「もっと乗っていたかった」と言っております。(彼女は普段車椅子での生活はしてはおりません。しかし、膝を曲げることが辛いようで、座るということをしません。と言いますかできません。)
老齢化社会の到来とともに理由はともあれ、車椅子での生活を余儀なくされる方々が、否応なく増えてゆくのが実状です。
そういった車椅子での生活者は通常、川という場所には行けませんし行くことすら諦めているのではないでしょうか。
私は提案します。水面で遊ぶ、川の中から陸上を見渡す今なお存在する自然と遊ぶことができることを知ってほしいと思います。
さらに、指導者、介助者、ご本人の意思、意欲が合至した時、このことが世界に広がり、アラスカや、オーストラリアなどの美しい海岸、湖をゆったりと楽しむことが可能となります。
川・湖・海、行くことのなかった車椅子での生活者が、その場所がユニバーサルデザイン化されたとき、そこで喜びを感受できるようになるのです。
あらゆる障がいのある方々が自然と接し、戯れるとき計り知れない癒しの効果がある。との文章を目にしたことがあります。それは、ご本人のみではなく、介助されている方の大いなる喜びにもなるということです。
未来に向けて
やはり、10月18日、「みどりと川の再生、飯能河原で遊ぼう」というイベントに埼玉県上田知事が来られることをお聞きしました。しかも、目的が、車椅子カヌーに乗ること、と明確におっしゃっておられるとのことでした。
知事は車椅子カヌーを自ら体験され、その後、教授の40年にも及ぶアウトドア教育の研究・蓄積からの河川の活用やユニバーサルデザイン化された河川公園に対する提言(もちろん川筋の提言でもあります)を、検討するようにと指示をなされたと聞いております。
社会的弱者に対し、その弱いところを取り除いたり、補ったりできた時、その人は弱者ではなくなるのだと、ある人は言われました。私は昨年出会ったカヌーのことでしか表現できませんが、日本という国全体がもっとユニバーサルデザインという考え方を持ち、その実現のために心を尽くすべき時だと思います。